アヤソフィア

 

イスタンブール、スルタンアフメットのアヤソフィア(ギリシャ語で「神の知恵」)教会(地図)は、これまでに建設された最も印象的かつ重要な建物の一つです。

広い、平らなドームは、6世紀の大胆なエンジニアリングの偉業であり、建築家たちはいまだにこの建物の多くの技術革新に驚嘆しています。

ギリシャ語でハギア・ソフィア、ラテン語でサンクタ・ソフィア、トルコ語でアヤソフィアと呼ばれるこの教会は、紀元537年に皇帝ユスティニアヌス(52765 AD)によってビザンチウムのアクロポリス(地図)上に建てられました。

アヤソフィアは、キリスト教最大の教会であり、またそうなるように意図されていました。ロバート・オスターハウト教授によると、この教会はテオドシウス帝の末裔であるジュリア・アニツィアによって建てられた聖Polyeuchtosの巨大な教会を越えるために造られました。

ジュリアは、彼女の富と権力とビザンツ皇位の正当な継承権を象徴するために、その教会にエルサレムの神殿の"改造物"という意味を持たせました。ユスティニアヌスは彼自身の正統性を確立するために、彼女を超えなければならず、また事実それを実行しました。

アヤ・ソフィア教会は、千年後にサンピエトロ大聖堂がローマに建設されるまで、史上最大の教会でした。(ところで、ジュリアの教会は、地震によって破壊されました。現在イスタンブール市役所とヴァレンス水道橋(Bozdoğan Kemeri)の間の地下/高架道路近くに、いくつかの哀れな遺構を見ることができます。

世界で最も印象的な建物であり、メフメット征服王が1453年にビザンチン帝国から街を征服した後、すぐにそれをモスクにする宣言をしたのは不思議なことではありません。

アタチュルクがその世界的な歴史的意義を認識し、1935年に現在のような博物館とする宣言をするまで、イスタンブールで最も尊崇をあつめるモスクとして役割を果たしました。

現在、建物のほとんどは、まだ博物館ですが、東側の部屋が祈りの場所(Ibadete Açık Kısmı)として2007年に公開され、エザン(礼拝への呼び出し)がその上のミナレットから流されています。

アヤソフィアは、イスタンブールにいるときに最初に目に入る建造物の一つで、畏敬の念を起こさせます。幸いにも、それはトプカプ宮殿、ブルーモスク、ビザンチンの競馬場(ヒポドローム)にすぐ近く、地下宮殿から通りをはさんで向かい側にあります。

教会の内部、特にドームを覆う30万枚の金のテッセラ(小さなモザイクタイル)は、それらが1500年前に誇った輝きに復元されています。教会内部は17年以上の間、修復のための足場に占領されていましたが、20102月に足場が取り除かれました。以前足場があったときに訪れたことがあるなら、再度訪問することをお勧めします。修復後、以前より見るべきものも多く、はるかに良く見えます。